唐津くんちの主役は、なんといっても14台の曳山(ひきやま)。赤い獅子、金色に輝く兜、海を行く船、跳ねる鯛——町ごとにまったく違う意匠を持つ巨大な工芸品が、城下町を勇壮に巡ります。ただ眺めるだけでも圧巻ですが、1台ずつの「題材」と「由来」を知っておくと、現地での感動は何倍にもなります。
この記事は、唐津市公式の資料をもとに、14台すべてを奉納順に1台ずつ解説する保存版です。見分け方のコツや、獅子・兜・船といったタイプ分類、通年で実物を見られる場所まで紹介します。祭り全体の流れは 唐津くんち2026 完全ガイド をどうぞ。
曳山の基礎知識|「乾漆」でできた世界最大級の工芸品
曳山は、粘土の型に和紙を100〜200枚も貼り重ね、麻布と漆で固めて金箔で仕上げた乾漆造(かんしつづくり)。木製の4輪台車に心柱で支えられ(船形など3台は2本柱)、1台2〜4トン、曳き子は200〜400人にのぼります。製作には3〜6年を要したと伝わり、文政2年(1819年)の赤獅子から明治9年(1876年)の七宝丸まで、約60年かけて作られました。
巡行は奉納された年代順(=番号順)で進むのが基本ルール。つまり「1番・赤獅子」を先頭に、最後尾は「14番・七宝丸」です。この順番を覚えておくと、巡行のどのあたりを見ているかが一目で分かります。
14台を1台ずつ解説
1番「赤獅子」|刀町(1819年)
現存する最古の曳山。刀町の石崎嘉兵衛が、お伊勢参りの帰りに見た京都・祇園祭の山鉾をヒントに作ったと伝わります。赤く塗られた獅子頭に金箔と麻の毛髪、一本角が特徴。11月3日の巡行時だけ角の後方に御幣(ごへい)を立てるのは赤獅子だけの習慣で、巡行の無事を祈るものです。祭りの先頭を切る、まさに唐津くんちの顔。
2番「青獅子」|中町(1824年)
赤獅子の5年後に作られた、緑色の獅子頭。赤獅子とは「対」をなす存在ですが、雌形ではなく同じ枝分かれ一本角の雄形です。歯や牙をむき出し、鋭く見つめる眼は精悍そのもの。温和な赤獅子と並べると、表情の違いがよく分かります。
3番「亀と浦島太郎」|材木町(1841年)
亀の甲羅に浦島太郎が腰かけ、右手に釣り竿、左手に玉手箱を抱える物語性のある曳山。当初は「亀と宝珠」で、明治期に浦島太郎の人形が乗るようになったとされます。亀は古来「竜宮の使い・海神の使者」。雨天の巡行では蓑(みの)と笠の姿を披露することがあるのも見どころです。
4番「源義経の兜」|呉服町(1844年)
兜形として最初に作られた曳山。巨大な鍬形(くわがた)の間に龍頭を配し、人間が被る兜を拡大したような精緻な造り。町内に具足屋(甲冑商)がいたことが題材の縁とされます。神輿を警護する武者を表し、庶民に人気の英雄・九郎判官義経にちなみます。
5番「鯛」|魚屋町(1845年)
唐津曳山屈指の造形として名高い一台。朱塗りに金箔の鱗、デフォルメされた大きな目と口元が愛嬌たっぷりで、唐津くんちのシンボル的存在です。魚屋の町だけに「魚の代表」として、また神様へのお供えとして鯛が選ばれたと伝わります。曳くと上下に跳ねるような動きも人気。
6番「鳳凰丸」|大石町(1846年)
2台ある船形のひとつ。前面にめでたい霊鳥・鳳凰を据え、唐破風(からはふ)の屋台を載せた豪華な姿です。木型・木組みで作られているため特に重く、本体を2本の芯棒で支えます。大石町は当時もっとも裕福な商人町で、その隆盛が豪華さに表れています。
7番「飛龍」|新町(1846年)
雲龍とは異なる、大きな翼を持つ2本足の龍。頭部の眼球・牙・髭・角が金色に輝き、尾は水平に広がります。京都・南禅寺の障壁画に感激した町人がモデルにしたと伝わり、原型の細工は陶工・九代中里太郎右衛門の兄弟が手がけました。
8番「金獅子」|本町(1847年)
全身を金箔で覆った獅子頭で、幅3.2m・獅子頭としては最大、全国一の大きさといわれます。城下町で「一番町」を担った本町が、赤獅子・青獅子に負けない獅子をと作ったもの。歯にはプラチナ箔が押されています。4台ある獅子頭の中でも別格の存在感。
9番「武田信玄の兜」|木綿町(1864年)
兜の中央に取り付けられた鹿の角が一目で分かる特徴。獅噛(しがみ)の前立てや白熊(ヤクの毛)の装飾を持ちます。歌舞伎「本朝廿四孝」などで江戸庶民に親しまれた信玄の兜が題材。これ以降の兜山3台は、木綿町・平野町・米屋町が題材を協議して決めたと伝わります。
10番「上杉謙信の兜」|平野町(1869年)
兜に獅子が食らいつく獅噛形で、武田信玄の兜に対抗して作られたという一台。眉庇(まびさし)には三羽の雀が乗り、吹返しには上杉家ゆかりの紋、錣(しころ)の縅(おどし)は赤一色で統一されています。宿敵・信玄と謙信の兜が同じ巡行に並ぶのも見どころ。
11番「酒呑童子と源頼光の兜」|米屋町(1869年)
「大江山鬼退治」を題材に、切られた鬼の頭領・酒呑童子の首が源頼光の兜に食らいつくという奇抜で迫力満点の構図。血走った目は白綿に赤い木綿糸、歯は磁器、頭髪は白いヤクの毛と、職人技の傑作です。曳山の中でも特に人気の高い一台。
12番「珠取獅子」|京町(1875年)
緑色の獅子が四本足で朱色の珠の上に乗る、全国でも珍しい形態。一般的な珠取獅子は片足で珠を押さえますが、これは全身で珠を抱え込んで踏ん張る独創的な造形です。名工・富野淇園の作で、町に伝わる唐津焼の珠取獅子がモデルとされます。
13番「鯱(しゃち)」|水主町(1876年)
頭は虎、体は魚という空想上の海獣・鯱。火災時に水を吐いて建物を守る火難除けの霊力を持つとされ、城の天守を飾るあの鯱です。本体内部の仕掛けで頭と尾が大きく上下に動くのが特徴。当初は船形を計画していましたが、名古屋城の金鯱などにちなみ鯱へ変更されました。昭和初期に造り替えられています。
14番「七宝丸」|江川町(1876年)
鳳凰丸と並ぶもう一台の船形で、巡行の最後尾を飾ります。前面に龍の頭部、屋台には火炎の装飾。その名のとおり宝珠・軍配・打出の小槌・隠れ蓑・宝袋・丁子・一対の巻物の「七つの宝」を持ち、宝をもたらす船を表します。かつては「蛇宝丸」とも呼ばれました。
題材で分けると覚えやすい|4タイプ
14台は、題材でざっくり4つに分けられます。タイプを意識すると見分けがぐっと楽になります。
- 獅子(4台):赤獅子・青獅子・金獅子・珠取獅子。色(赤・緑・金)と形で区別できる。
- 兜(4台):源義経・武田信玄・上杉謙信・酒呑童子と源頼光。鹿角・獅噛・鬼の首などが見分けの鍵。
- 船(2台):鳳凰丸・七宝丸。どちらも大型で、前面の鳳凰/龍頭で区別。
- その他(4台):亀と浦島太郎・鯛・飛龍・鯱。物語や生き物をかたどった個性派ぞろい。
巡行順のしくみと「七町組・八町組の争い」
前述のとおり、巡行順は制作年代順。ただし13番「鯱」と14番「七宝丸」はどちらも明治9年(1876年)の制作で、どちらを先にするかで町同士が対立した逸話が残ります。これが後に「七町組・八町組の争い」と呼ばれるもので、最終的に仲裁の約定書が交わされ、現在の順に落ち着きました。順番ひとつにも町の誇りが懸かっていたことが伝わるエピソードです。
見分け・撮影のコツ
現地でより楽しむための、ちょっとした観賞ポイントです。
- 先頭の赤獅子を起点に数える:番号順に来るので、赤獅子→青獅子…と追えば今どの町か分かる。
- 赤獅子の御幣に注目:3日の巡行で角の後ろに御幣があるのは赤獅子だけ。見つけると通っぽい。
- 船形2台は遠目でも分かる:背の高い鳳凰丸・七宝丸は撮影の主役になりやすい。
- 曳き込みは低い位置から:西の浜で砂にめり込む瞬間は、迫力が出る角度を狙って。
祭り以外でも見られる|曳山展示場
「11月に行けない」「もっとじっくり見たい」という人は、唐津市内の曳山展示場で通年14台を見学できます(祭り直前・直後は曳山が出払うため要確認)。間近で見ると、乾漆の質感や金箔・彫りの細かさに改めて驚くはず。祭り本番の予習・復習にも最適です。アクセスや周辺の回り方は アクセス・駐車場ガイド、宿の取り方は 唐津 宿・呼子・温泉 旅ガイド を参考にどうぞ。
まとめ|14台を知れば、唐津くんちは10倍面白い
赤獅子に始まり七宝丸で終わる14台は、それぞれの町の歴史と誇りを背負った、200年もののアート。獅子・兜・船・その他の4タイプと、奉納順という軸を頭に入れておけば、現地で一台ずつ「あれは○番の△△だ」と見分けられます。全体の流れは 唐津くんち2026 完全ガイド で確認して、晩秋の唐津で本物の迫力を体感してください。
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