唐津焼を調べると、「素朴」「土の味わい」「用の美」といった言葉が並びます。でも、それが何を意味するのかは出てきません。
唐津焼には6つの種類があり、見た目がまるで違います。産地も唐津市だけではありません。そして「一楽二萩三唐津」という有名な言葉は、唐津観光協会の公式サイトでは別の言い方で書かれています。
この記事は、唐津焼を買う前・見る前に知っておくと違うことを、公式情報で整理したものです。
唐津焼とは|”土もの”と「用の美」
唐津焼は“土もの”と呼ばれる陶器です。ざっくりとした粗い土を使うため、素朴で力強い印象になります。
佐賀県の説明はこうです。
唐津焼は生活の道具としての素朴な美しさが魅力。料理を盛り、花を生けることで完成する「用の美」を備えています
唐津観光協会はもっと踏み込んだ言い方をしています。
「作り手8分、使い手2分」と言われ、料理を盛る、茶を入れるなど使ってこそ作品が完成します
つまり、飾って眺めるための器ではありません。使われて初めて2割が足される、という考え方です。買うときの基準が変わる言葉だと思います。
茶陶として発展した焼きものですが、生活の器も多く、近年は酒器(ぐい呑み)としても人気です。
なお唐津焼は、日本で初めて絵付けを施したといわれる焼きものでもあります。
6つの種類|見た目がまるで違う
「唐津焼」とひとくくりにされますが、技法によって別物のように見えます。唐津観光協会が挙げている6種類です。
絵唐津(えがらつ)
鬼板(おにいた)と呼ばれる鉄溶液で絵を描き、釉薬をかけて焼き上げたもの。唐津焼を代表する種類で、さまざまな器に使われます。モチーフは草木、花、鳥など。
「唐津焼といえばこれ」と思い浮かぶ、白っぽい地に茶色い線で絵が描かれたものがこれです。
斑唐津(まだらからつ)
白濁した藁灰釉(わらばいゆう)を使ったもの。素地に含まれる鉄分や、燃料の松灰が溶け出して、表面に青や黒の斑点ができやすいことからこう呼ばれます。16世紀後半から現代まで作り続けられている伝統的な種類です。
黒唐津(くろがらつ)
鉄分を多く含んだ釉薬で焼いたもの。鉄分の量や酸化の度合いによって、飴色から褐色、深い黒まで発色が変わりますが、まとめて黒唐津と呼びます。同じ「黒唐津」でも色がかなり違うということです。
朝鮮唐津(ちょうせんがらつ)
鉄釉と灰釉の2種類を使い、高温で焼くことで釉が自然に溶け合うのを楽しむもの。黒く発色する鉄釉を下にかけ、乳白色の灰釉を上から流すものが多く見られます。
流れ落ちて混ざる境目が一点ものになるので、同じものが二つとありません。
三島唐津(みしまからつ)
朝鮮の李朝三島の技法を受け継いだもの。半乾きの素地に印花紋(いんかもん)や線彫で文様を施し、化粧土を塗り、さらに釉薬を流しかけて焼きます。唐津では江戸時代に生産が始まりました。
粉引唐津(こひきからつ)
褐色の素地が半乾きのうちに白い化粧土をかけ、さらに灰釉などをかけて焼いたもの。
ここに注意点があります。唐津観光協会はこう書いています。
古くから朝鮮で用いられた技法ですが、古唐津には粉引は見られず、近代になって取り入れられました
つまり粉引唐津は「古唐津」ではありません。古いものを探している人は、ここを知っておくと選び方が変わります。
歴史|一度は途絶えかけた
唐津焼の始まりには諸説ありますが、近年の研究では1580年代頃、岸岳城(きしだけじょう)城主・波多氏の領地で焼かれたのが始まりとされています(唐津観光協会)。佐賀県は「室町時代末期から桃山時代にかけて、岸岳城を居城とした波多三河守親の庇護の下、生活雑器を中心に焼かれたのが始まり」と説明しています。
転機は豊臣秀吉の朝鮮出兵でした。別名「やきもの戦争」と呼ばれるこの出兵で、諸大名が多くの朝鮮陶工を連れ帰ります。陶工たちがもたらした「蹴ロクロ(けろくろ)」と「連房式登り窯」によって、唐津焼は大きく発展しました。
唐津港から積み出された唐津焼は京都・大阪をはじめ西日本に広がり、焼き物のことを総称して「からつもの」と呼ぶほどになります。
ところが明治以降、衰退します。江戸時代は藩の御用窯として守られていましたが、その庇護を失ったためです。
復活させたのが人間国宝・中里無庵(なかざとむあん/1895〜1985年)でした。長い間忘れられていた桃山〜江戸時代初期の古唐津の技法を復活させたことで、唐津焼は再び息を吹き返します。
作り手の数も増え、現代的な感覚を取り入れた作家も現れ、今では唐津市内に約70の窯元が点在しています。
「一楽二萩三唐津」か「一井戸二楽三唐津」か
茶道の世界で唐津焼の格を表す有名な言葉があります。ただし、公式サイトによって書かれ方が違います。
| 出典 | 表記 |
|---|---|
| 佐賀県 | 「一楽、二萩、三唐津」 |
| 唐津観光協会 | 「一井戸二楽三唐津」 |
一般に広く知られているのは前者(楽焼・萩焼・唐津焼の順)です。後者は井戸茶碗を筆頭に置く言い方になります。
どちらが正しいという話ではなく、茶陶の序列の言い回しが一つではない、ということです。ただ、唐津焼が茶人に高く評価されてきた点はどちらも同じです。
どこで作られているか|唐津市だけではありません
見落とされやすい事実です。唐津焼は経済産業大臣指定の伝統的工芸品で、指定は昭和63年6月9日。その主要製造地域はこうなっています。
唐津市、武雄市、多久市、伊万里市、嬉野市、東松浦郡玄海町、西松浦郡有田町、杵島郡白石町
(一般財団法人 伝統的工芸品産業振興協会)
8つの市町にまたがります。
歴史的にも、松浦古唐津、多久古唐津、平戸古唐津、武雄古唐津と呼び分けられていました。中でも松浦古唐津焼が「唐津もの」と呼ばれ、現在まで受け継がれています。
武雄市近郊のものは武雄古唐津焼と呼ばれ、叩き、刷毛目、粉引など、土の特性を生かした技法を今も伝えています(佐賀県)。
旅先で買うなら|どこで見られるか
唐津駅から徒歩5分で、まとめて見られる場所があります。
唐津焼協同組合は、ふるさと会館アルピノ2階(唐津市新興町2881-1)にあります。
ここで重要なのは、曳山展示場と同じ建物だということです。唐津くんちで使われる14台の曳山が一時移転しているのが、同じアルピノです。
つまり、唐津駅から徒歩5分の1か所で、唐津くんちの曳山14台と唐津焼を両方見られます。唐津観光で時間がない人には、ここが最も効率のいい場所になります。
窯元をめぐって作り手から直接買いたい場合は、市内に約70の窯元があります。見学や陶芸体験ができるところもあります。→ 唐津焼の窯元めぐり|見学・陶芸体験・買える場所へ
よくある質問
唐津焼の特徴を一言でいうと?
“土もの”の素朴さと「用の美」です。粗い土を使うため力強い印象があり、使われることで完成すると考えられています。
種類はいくつありますか?
唐津観光協会は6種類を挙げています。絵唐津、斑唐津、黒唐津、朝鮮唐津、三島唐津、粉引唐津です。技法が違うので見た目もかなり変わります。
「古唐津」とは何ですか?
桃山〜江戸時代初期の唐津焼を指します。粉引唐津は古唐津には見られない技法で、近代になって取り入れられたものです。
どこで作られていますか?
伝統的工芸品としての主要製造地域は、唐津市・武雄市・多久市・伊万里市・嬉野市・玄海町・有田町・白石町の8市町です。唐津市だけではありません。
窯元はいくつありますか?
唐津観光協会によれば、唐津市内に約70の窯元が点在しています。
唐津駅の近くで見られますか?
唐津焼協同組合がふるさと会館アルピノ2階(唐津駅から徒歩5分)にあります。同じ建物に曳山展示場もあります。
人間国宝はいますか?
中里無庵(1895〜1985年)が人間国宝です。明治以降に衰退した唐津焼を、古唐津の技法を復活させることで再興させました。
まとめ
- 唐津焼は“土もの”。「作り手8分、使い手2分」=使ってこそ完成する器
- 種類は6つ。絵唐津・斑唐津・黒唐津・朝鮮唐津・三島唐津・粉引唐津。見た目はまるで違う
- 粉引唐津は古唐津には無い(近代に取り入れられた技法)
- 1580年代に始まり、明治以降に衰退。人間国宝・中里無庵が古唐津の技法を復活させて再興
- 産地は唐津市だけでなく8市町。伝統的工芸品の指定は昭和63年6月9日
- 唐津駅から徒歩5分のアルピノ2階で見られる。同じ建物に曳山展示場もある
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この記事の情報は2026年9月14日時点で、佐賀県・唐津観光協会・伝統的工芸品産業振興協会の公開情報を確認したものです。
