よさこい祭りの始まりは1954年です。ただ「いつ始まったか」より興味深いのは、なぜ始まったかのほうです。
よさこい祭振興会の歴史ページにはこう書かれています。目標は「徳島の阿波踊りに対抗する祭りにすること」。そして鳴子が選ばれたのも、阿波踊りとの差別化が理由でした。この記事はその記述から、祭の成り立ちと変化を整理します。
3分で説明すると
- 1953年に高知市の商工会議所が企画。戦後の不況を盛り上げるため
- ★歴史ページに書かれている目標は「徳島の阿波踊りに対抗する祭りにすること」
- 第1回は1954年8月10日・11日。踊りは盆踊り風だった
- ★鳴子が入った理由|阿波踊りの「素手」に対して鳴子を使うという武政英策の提案
- 鳴子は元々鳥を追い払う農機具
- 1972年頃から自由化。武政が曲の使用を一般に許可し、サンバやロック調が登場
- 関連行事は1991年に前夜祭、1995年に後夜祭、1999年に全国大会
- 1992年に札幌でYOSAKOIソーラン祭りが誕生。高知を見た大学生が始めた
よさこい祭りはいつ始まったか
第1回は1954年(昭和29年)8月10日・11日です。
企画されたのはその前年、1953年(昭和28年)です。企画したのは高知市の商工会議所でした。市や観光団体ではなく、商工会議所が作った祭だというのが出発点です。
日取りの決め方にも理由があります。過去40年間で降水が少なかった日取りが選ばれました。8月10日・11日という日付は、統計から決まったものです。
いまの祭は8月9日から12日の4日間ですが、これは後から前夜祭と全国大会・後夜祭が加わった形です。本番の10日・11日だけが第1回から変わっていません。
なお振興会のトリビアには「よさこい祭りの開催日を8月10日と11日にする際、激しい議論があった」という項目があります。この日付が簡単に決まったわけではないようです。
なぜ始まったのか|阿波踊りに対抗するため
歴史ページは、始まりの理由を第二次世界大戦後の不況を盛り上げるためとしています。そして「徳島の阿波踊りに対抗する祭りにすることが目標」だったと書いています。
これは重要な点です。よさこい祭りは伝統行事ではなく、意図して作られた祭です。神事や由来のある行事を復活させたのではなく、経済振興のために新しく作られました。
そのために3つの手を打っています。
- 振り付けを日本舞踊の五流派の師匠に依頼した
- 作詞作曲を高知市在住の武政英策に依頼した
- 阿波踊りとの差別化のために鳴子を使うことにした
祭の中身を外部の専門家に発注して作った、ということです。そしてこの3つ目が、いまのよさこい祭りを決定づけました。
年表で見る変遷
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1953年 | 高知市の商工会議所が企画。目標は阿波踊りへの対抗 |
| 1954年 | 第1回(8月10日・11日)。踊りは盆踊り風 |
| 1972年頃 | サンバ・ロック調が登場。武政が曲の使用を一般に許可 |
| 1991年 | 前夜祭が始まる |
| 1992年 | 札幌でYOSAKOIソーラン祭りが誕生 |
| 1995年 | 後夜祭が始まる |
| 1999年 | よさこい全国大会が始まる |
| 2026年 | 第73回。約200チーム・約2万人。全国大会は第28回 |
第1回(1954年)の規模と中身
第1回の踊りは伝統的な盆踊り風だったとされています。いまのような派手な衣装や大音量ではありません。高知市観光協会の衣装のページにも「よさこい祭り初期当時は、浴衣とゲタの盆踊り風が主流だった」と書かれています。
第1回の参加チーム数・踊り子数は記録が出ていません。振興会の歴史ページにも高知市のページにも数字は出ていません。
当時の雰囲気がわかる事実はトリビアに残っています。「祭り発足当時は、祭り期間中に銀行が臨時休業した」という項目です(「継続調査中」と注記されています)。商工会議所が作った祭なので、地元の企業が足並みを揃えたということです。
鳴子が生まれた経緯
ここが一番はっきり書かれている部分です。歴史ページによると、武政英策の提案で、阿波踊りの「素手」に対して鳴子を使うことになった。そしてこれが祭の基本アイテムのひとつになりました。
つまり鳴子は伝統ではなく、差別化のための発明です。阿波踊りが手ぶらで踊るから、こちらは何か持とう、という発想から選ばれました。
そして選ばれた鳴子は、もともと農作物を狙う鳥を音で追い払うための農機具でした。農具を楽器に転用した形です。
1972年頃の自由化と大型化
祭が変わったのは1972年頃です。サンバやロック調の曲で踊るチームが現れました。
きっかけは武政が「よさこい鳴子踊り」の使用を一般に許可したことです。これでアレンジ・振り付け・衣装の自由度が一気に上がりました。
同じ時期に参加者の性質も変わっています。踊り子は日当をもらう形から参加費を払う形になり、若者と女性が増えました。「動員される側」から「参加したい側」に変わったということです。
そして生バンドを載せたトラックが踊り子を先導するようになり、これが「地方車」と呼ばれるようになりました。近年は生バンドが減ってPA機器を載せるチームが主流です。
いまは「和風回帰」の流れもあって、笛・太鼓・三味線の曲や浴衣・着物の衣装も増えています。一方でロック・サンバ・ヒップホップ・演歌・フラメンコと多様化も続いていると振興会は書いています。
前夜祭・後夜祭・全国大会の追加
いまの4日間になったのは段階的です。1991年に前夜祭、1995年に後夜祭、1999年に全国大会。歴史ページに年が明記されています。
興味深いのは1991年の前夜祭と1992年の札幌の祭が1年しか離れていないことです。高知が前夜祭を始めた翌年に、札幌でYOSAKOIソーラン祭りが生まれています。
なおトリビアには「祭り初期には前夜祭が開催されていた」という項目もあるので、1991年は「復活」かもしれません。トリビアは見出しだけで詳細が書かれていないため、断定はできません。
鳴子とは何か
よさこい祭りで唯一変わっていないものが鳴子です。
元は鳥を追い払う農具
振興会の鳴子のページによると、鳴子はもともと農作物を狙う鳥などを音で追い払うための農機具でした。田畑に吊るして使う道具です。
基本の形は朱色の本体に黒と黄色の「ばち」(音を出す部分)が付いたものです。近年はチーム独自のオリジナルデザインを使うところも増えています。
なお材質は書かれていません。音のする板状の部品が本体に付いた構造ですが、素材についての説明は見つかりませんでした。
なぜ鳴子を持つのか
踊り手は両手に1つずつ持ち、カチカチと鳴らしながら踊ります。見どころは音が揃ったときの美しさで、振興会は鳴子を「よさこい祭りの楽曲を構成する楽器のひとつ」とも書いています。
高知市観光協会のページには、もう1つの役割が書かれています。「鳴子を持って踊るのは、よさこいの数少ないルールのひとつ」であり、初めて踊る観光客でも鳴子を振ると音楽に乗りやすく、自然とよさこい踊りになるというものです。
つまり鳴子は見た目と音の差別化であり、同時に素人でも参加できる仕掛けでもあります。飛び入り参加ができる祭なのは、これが効いています。
どこで買えるか
鳴子は高知市内の土産物屋で売っています。祭を見に行った帰りに買えます。
行く前に手に入れたい場合や、飛び入り参加を考えている場合は通販でも手に入ります。基本の朱色のものなら、見ながら音を合わせてみる程度には十分です。
「よさこい鳴子踊り」の曲
祭のために作られた曲が「よさこい鳴子踊り」です。作詞作曲は武政英策。かつては正調の鳴子踊りが主流でした。
5日間で作られた
振興会のトリビアに「武政英策氏作詞作曲の『よさこい鳴子踊り』は、わずか5日間で制作された」という項目があります。祭全体が1年で企画から開催まで走っているので、曲もその速度で作られたということです。
さらにトリビアには「武政氏は、作曲した『よさこい鳴子踊り』が気に入らず、別バージョンを作って映画のロケで使った」という項目もあります。作った本人は不満だったようです。
もう1つ、「武政氏作詞作曲の『よさこい鳴子踊り』は、某銀行の応援歌である」という項目もあります。トリビアは見出しだけの公開なので詳細はわかりませんが、商工会議所が作った祭らしい話です。
歌詞が批判されたことがある
トリビアには批判の記録も並んでいます。「歌詞に出てくる『じんま』『ばんば』が、敬老精神に反するという批判を受けたことがある」。
また「よさこい祭りのかけ声『よっちょれ』に、批判が相次いだことがある」という項目もあります。主催者が自分の祭への批判を一覧に残しているのは珍しいことです。
批判されてきた歴史
歴史ページにも批判の記録があります。騒音やゴミの問題が指摘されましたが、ひとつずつ解決してきたと書かれています。
トリビアにはもっと直接的な項目があります。「ストリート踊り形式での実施に対し、警察から禁止命令が出たことがある」。道路を使う祭なので、行政との交渉が必要だったということです。
チームの規模についての記録もあります。「過去最大のチーム参加者数は800名」「過去最小のチーム参加者数は4名」。800名が道路を踊りながら進むと、騒音の指摘が出るのは想像がつきます。
ほかに記録されているのは「定番になりつつある『フラフ』はオランダ語が語源」(フラフは大きな旗)、「前夜祭、本番、後夜祭の三冠を取ったチームはない」、「北海道で『よさこい鳴子踊り』が最初に踊られたのは札幌市ではない」です。
最後の項目は次の章につながります。
全国に広がった経緯|札幌YOSAKOIソーランへ
よさこい祭りは1992年に札幌で第2の祭を生みました。YOSAKOIソーラン祭りです。
札幌の組織委員会は自分たちの祭を「高知県の『よさこい祭り』をルーツとし、1992年に誕生した」と書いています。ただし誰が始めたかは書いていません。
経緯を具体的に書いているのは、この祭が1998年にサントリー地域文化賞を受けたときの記録です。
- 当時北海道大学1年生だった長谷川岳が、1991年に高知を訪れてよさこい祭りを見た
- 鳴子を鳴らして力強く踊る人々に強く心を動かされた
- 北海道に戻って仲間に呼びかけ、5人の大学生が実行委員会を結成した
- 行政や警察への協力依頼では断られ続けたが、粘り強く働きかけた
- 1992年6月に第1回を開催。地元9チームに高知のよさこい祭りのグランプリ受賞チームを招いた
札幌は鳴子だけを持ち込み、曲を北海道民謡のソーラン節に替えました。ルールは「鳴子を持つ」「曲にソーラン節のフレーズを入れる」の2つだけです。
そして元の祭より大きくなりました。2026年の第35回は275チーム・約2万7千人・観客228万5千人。高知は約200チーム・約2万人です。
高知の振興会も、よくある質問の中で高知のチームが遠征する形で見られる祭として次を挙げています。YOSAKOIソーラン祭り(札幌・6月)/原宿表参道元氣祭 スーパーよさこい(東京・8月)/坂戸よさこい(埼玉・10月)/よさこい東海道(静岡・11月)。
賞の名前にも歴史が残っている
いまの賞の名前に、作曲者の名前が残っています。
全国大会と後夜祭の賞に「武政英策賞」があります。2026年は「琥珀」が受賞しました。曲を作った人の名前が賞になっているということです。
全国大会の優秀賞は彩・粋・睦・艶・豪の5本という字が当てられています。2025年のガイドラインには最優秀賞『輝』も記載されています。
本番の賞は別系統です。よさこい大賞(1)/金賞(3)/銀賞(3)/審査員特別賞(3)/地区競演場連合会奨励賞(12)/地方車奨励賞(3)。「地方車奨励賞」は1972年頃に生まれた地方車が、いまは審査対象になっているということです。
「地区競演場連合会」という名前も、会場ごとの地元組織が祭を支えてきた形を示しています。商工会議所が作った祭が、地区の連合会に支えられる構造になったということです。
歴史を知ってから見ると何が違うか
3つの見方が変わります。
1|鳴子の音が「仕掛け」として聞こえる。 阿波踊りと差をつけるために選ばれた道具で、しかも元は農具です。振興会が見どころに挙げているのは音が揃ったときの美しさ。何十人が同じタイミングで鳴らす瞬間を狙って見ると、意図がわかります。
2|曲の違いが年代として読める。 正調に近い曲なら第1回からの流れ、サンバやロック調なら1972年以降の流れ、笛や太鼓なら近年の和風回帰。同じ日に違う年代の祭が並んでいることになります。
3|地方車が主役に見えてくる。 1972年頃に生バンドのトラックとして生まれ、いまは賞がある存在です。チームの前を進む車を「音響設備」ではなく祭の一部として見ると、作りの違いがわかります。
そしてこの祭が72年前に経済振興のために作られたものだと知っていると、商店街の中を進む光景の意味が変わります。
→ よさこい祭り2027の日程|高知の4日間とどの日に行くか
よくある質問
Q. よさこい祭りが始まった理由は何ですか
振興会の歴史ページによると、第二次世界大戦後の不況を盛り上げるため、1953年に高知市の商工会議所が企画しました。目標は「徳島の阿波踊りに対抗する祭りにすること」と書かれています。
Q. 発祥地はどこですか
高知市です。企画したのは高知市の商工会議所で、第1回は1954年8月10日・11日に行われました。
Q. なぜ鳴子を持つのですか
阿波踊りが素手で踊るのに対して、鳴子を使うという武政英策の提案が採用されました。差別化のために選ばれた道具です。
Q. 鳴子は何に使う道具だったのですか
農作物を狙う鳥などを音で追い払うための農機具です。
Q. よさこいソーラン祭りはいつどのようにして始まったのですか
1992年6月、札幌市で第1回が開かれました。1991年に高知のよさこい祭りを見た北海道大学1年生の長谷川岳が仲間に呼びかけ、5人の大学生が実行委員会を結成して始めたとサントリー地域文化賞の記録にあります。
Q. 曲は誰が作ったのですか
高知市在住の武政英策が「よさこい鳴子踊り」を作詞作曲しました。振興会のトリビアによると、わずか5日間で制作されたとされています。
Q. 第1回は何チームでしたか
参加チーム数と踊り子数の記録は出ていません。踊りは伝統的な盆踊り風だったとされています。
まとめ|72年の流れ
- 1953年に高知市の商工会議所が企画。戦後の不況対策
- ★目標は当時の言葉で「徳島の阿波踊りに対抗する祭りにすること」
- 第1回は1954年8月10日・11日。日取りは降水量の統計で決めた。踊りは盆踊り風
- ★鳴子は阿波踊りの素手との差別化で武政英策が提案。元は鳥を追い払う農具
- 1972年頃に自由化。曲の使用が一般に許可され、サンバ・ロック調と地方車が登場
- 踊り子は日当をもらう側から参加費を払う側に変わった
- 1991年前夜祭/1995年後夜祭/1999年全国大会
- 1992年に札幌でYOSAKOIソーラン祭りが誕生し、いまは元の祭より大きい
- 主催者は批判の歴史も残している(歌詞・かけ声・騒音・警察の禁止命令)
鳴子は高知市内の土産物屋で売っています。行く前に手に入れたい場合や飛び入り参加を考えている場合は通販でも買えます。本場高知の土佐ひのきで作られたものなら、祭で使われているものと同じ系統です。
→ よさこい祭り2027の日程|高知の4日間とどの日に行くか
→ よさこいとソーランの違い|曲・振り付け・鳴子を比較
この記事の情報は2026年10月20日時点で、よさこい祭振興会の公式サイト「概要」「歴史」「鳴子」「トリビア」「よくある質問と回答」「受賞チーム」、高知市観光協会の「よさこい祭りとは」「鳴子」「衣装」、高知市の観光情報ページ、YOSAKOIソーラン祭り公式の「YOSAKOIソーラン祭りって?」「歴史と開催結果」、サントリー地域文化賞1998年の受賞記録を確認したものです。トリビアのページは見出しのみの公開で、詳細は記載されていません。
