これで、正解なのか阿呆連 鉦 二十九年の打ち手にきく、いまだ見えぬリズムへの葛藤

徳島の夏は、蒸し暑い。その蒸し暑さの中、八月の本番に向けて六月から毎晩、練習を続けている連がある。阿呆連だ。
数年、この連を見てきた。そのうちに、ひとつの問いがよぎった。連とは、なにでできているのか。
その答えを出すために、連をひとつずつ分解して、そこにいる一人ひとりに目を向けていく。そのひとは、なにでできているのか、と問いながら、ここにあるもの、の本質を解いていく。
今回の一人は、鉦の打ち手だ。カン、カンと高く通る一音が、阿波おどりの速さを決める。その一音で連全体を司りながら、本番よりも、答えの見えない練習に気を使うと言う。
阿呆連とは
阿呆連は、徳島市の阿波おどり振興協会に所属する有名連のひとつ。一九四八年に結成された、低く前傾して豪快に舞う「阿呆調」の本家だ。
右肩の破れ傘を目印に、いまは約百四十名で踊り継いでいる。
阿呆連の顔ぶれ
連は、男踊り、女踊り、そして囃子を担う鳴り物でできている。その一角を一役ずつ取り出し、十数名に話を聞いていく。
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鉦とは ― テンポをとる金属の音

鉦(かね)は、皿型・鉢型をした金属製の打楽器だ。摺鉦・当たり鉦・チャンチキなどとも呼ばれる。先端に鹿の角をつけた撞木(しゅもく)という棒で打ち、手に持ったり紐で吊るしたりして鳴らす。高く鋭い、よく通る金属音が出る。
阿波おどりの鳴り物では、鉦はそのよく通る音でテンポの基準を示し、全体をリードする指揮者(バンドマスター)の役割を担う。速さの変化や、踊りの合図も、この音から出る。
本人に、聞く
浮かぶも、沈むも
鉦はどんな役割だと思われますか?
全部を仕切るからね。阿呆連が浮かぶも沈むも、鉦なんだろうなと思います。一番重たい役割かな。
気を使うのは、練習
鉦をやって、今で何年目ですか? やっていく中でなにを感じていますか?
二十九年。その間に感じているのは、自分は踊り子出身じゃないので、踊り子の気持ちが分からない、ということですね。疲れてるのか、もっと踊りたいのか、もっと速くしてほしいのか――それが分からないから、そこに一番気を使います。一回一回、全員が燃焼できるようにするのに気を使う。本番は気を使いませんが、一番嫌なのが、練習ですね。
一番嫌なのが、練習ですね
怒られてる方が、楽だった
練習から本気で取り組んでいる連だからこそ、沸く感情ですね。二十九年やってきて、その感覚は変わってきましたか?
気を使うのは、変わらないですね、全然。ただ、昔は怒られてる方が楽だったんです。そこの違いはありますね。上がいて、自分が怒られる立場だった。でも上がいなくなって、自分を怒る人が少なくなっていくと、「これで合ってるのか」「阿呆連として、これで正解なのか」っていうのを、いつも考えるようになりました。
盗む相手が、いなくなって
上がいなくなって——今、ご自身はどう鉦と向き合っておられるんでしょう?
五年ぐらい前までは、ずっと誰かの技術を盗んでたんですよ。でも今は、盗む対象が近くにいないので、独りよがりにならんように、と思ってやってますね。
踊り子の、気持ちになって
上の世代から教わったことを、継いでいく難しさなんですね……。
そうですね。出身によって見え方は変わっても、変わらない普遍的なものはありますけどね。ただ、いかに踊り子の気持ちになって叩くか——そこはいつまでも気を使います。踊り子が「もうしんどい、どうにかして」と思って踊ってるのか、「もっと踊らせて」と思ってるのか、それが分からないんですよ。昔は自分も踊らされたけどね。入って五年目ぐらいまでは、踊り子の気持ちが分かるように「踊れ」って言われて踊らされましたよ。
このひとは、なにでできてるか

鉦は、連全体の速さを決める音だ。始まりも、上げ下げも、終わりも、その一音が示していく。鳴り続けるその音に、連のみんなが速さを合わせていく。
かつては、上に怒られた。その上がいなくなってから、このひとは、誰にも「正解」を教われなくなった。だから、自分に問い続ける。――このひとは、「これで正解か」という問い、でできている。
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