「何者か分からない」時、越えて阿呆連 三味線 二十六年の弾き手にきく、緩まない音の育てかた

徳島の夏は、蒸し暑い。その蒸し暑さの中、八月の本番に向けて六月から毎晩、練習を続けている連がある。阿呆連だ。
数年、この連を見てきた。そのうちに、ひとつの問いがよぎった。連とは、なにでできているのか。
その答えを出すために、連をひとつずつ分解して、そこにいる一人ひとりに目を向けていく。そのひとは、なにでできているのか、と問いながら、ここにあるもの、の本質を解いていく。
今回の一人は、三味線の弾き手だ。笛が旋律を奏でるその隣で、弦の音が厚みと彩りを重ねる。その音を鳴らし続けて、自分の音がまだ“何者か分からない”時代から、ここにいる。
阿呆連とは
阿呆連は、徳島市の阿波おどり振興協会に所属する有名連のひとつ。一九四八年に結成された、低く前傾して豪快に舞う「阿呆調」の本家だ。
右肩の破れ傘を目印に、いまは約百四十名で踊り継いでいる。
阿呆連の顔ぶれ
連は、男踊り、女踊り、そして囃子を担う鳴り物でできている。その一角を一役ずつ取り出し、十数名に話を聞いていく。
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副連長次の世代を、育てる→ 読む
鉦全体のテンポをとる→ 読む
笛澄んだ音で主旋律を→ 読む
団子・松大勢でひとつの形に→ 読む
今回の記事三味線旋律に厚みを重ねる
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三味線とは ― 旋律と厚みをつくる弦

三味線は、胴を貫く棹に三本の弦を張り、いちょう形の撥ではじいて鳴らす撥弦楽器だ。木の胴の両面に皮を張り、棹の太さで細棹・中棹・太棹に分かれる。歯切れのよい音色と、開放弦を棹に触れさせて響きを延ばす「さわり」を持ち、長唄・地歌・民謡などの伴奏に使われる。
阿波おどりの鳴り物では、三味線は笛とともに旋律を担うメロディ楽器として、歯切れのよい音で囃子に彩りと厚みを加える。鉦や太鼓がリズムを支えるなか、笛と組んで踊りのメロディをつくる。
本人に、聞く
三味線は、私の”音”
今で、何年になりますか?
私ね、阿呆連の前に三年、よその連にいたんです。阿呆連が二十六年ですね。
では、阿呆連の音に慣れているといった感じでしょうか?
というか、前の連にいたときは自分の音自体がまだ全然、確立してないというか、「何者か分からない」みたいな。これから”音”できていく前だったので。今は、これが私の”音”、みたいな感触はあります。
緩まなく、なった
三味線は弦が緩みやすく、音の調整の頻度が多いイメージがありますがどうされていますか?
私の場合を言うとね、最近はほとんど、音が変わらなくなったんですよ。緩まないし、糸も伸び縮みしない。
イメージと違うんですけど……それはなぜなんでしょう?
三味線の扱いが上手くなった、ということだろうね。撥(ばち)の使い方ですね。糸のダメージをなるべく少なくして、大きな音を出す。そういう技術。長いことやってると――ただひたすらこれ(弦を弾く動作を反復してみせて)だけですから――そのうちに、なんとなく「ピンとひらめく」みたいな瞬間があって。いつの間にか、あまり緩まなくなった、音もあまり落ちなくなったな、と。まあ、昔と比べたらですよ。
阿波踊りに特化した弾き方を、体得してこられた感じですか?
いえ、阿波踊りじゃなくて、長唄でも何でも同じだと思います。上達してくると、長いこと弾いても音は変わらない。気候の影響はありますけどね。始めて間がない頃は、糸も切れるし、緩むし、糸巻きもずれるし、音が変わっていく、というのはずっと経験してました。それがいつの間にか、あまり変わらなくなった。いつからかは、全然記憶がないんですよ。気がついた時には、変わらなくなっていた、みたいな……。でも、そうなったのは、ここ五年、十年ぐらいかな。
気がついた時には、変わらなくなっていた
このひとは、なにでできてるか

三味線は、笛とともに旋律をつくり、囃子に厚みを重ねる。
昔は、弾くほどに緩んで、音が変わった。それがいつの間にか、変わらなくなった。連れ添った歳月が、そうさせたのだろう。――このひとは、三味線と過ごした歳月、でできている。
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