葵祭の行列でもっとも目を引くのが斎王代です。十二単を着て、かつがれた輿に乗って進みます。
よく検索されるのは「どうやって選ばれるのか」と「いくらかかるのか」です。どちらも公式には出ていません。 公式が書いていることと書いていないことを分けて読む必要があります。
3分で説明すると
- 斎王代は昭和31年(1956年)に始まった。女人列の中心に立つ
- もとの斎王は35代・約400年続き、建暦2年(1212年)に途絶えた
- 下鴨神社は「京都在住の一般の方から選ばれた女性」と書いている。条件として出ているのはこれだけ
- 選ばれ方の手続きと費用は、どこにも記載がない
- 5月4日の禊の儀は無料で見られる(申し込み不要)。会場は上賀茂神社と下鴨神社が毎年交互
- 装束は十二単の上に白い小忌衣。乗るのは御腰輿(およよ)
斎王代とは何か
斎王代は葵祭の行列に加わる女性で、斎王の代理という意味の名前です。
行列は本列と斎王代列に分かれており、斎王代列の中心が斎王代です。下鴨神社は女人列を「五十余名」と書いています。
斎王代は十二単の上に白い小忌衣(おみごろも)をつけ、「御腰輿(およよ)」と呼ばれる輿に乗ります。歩くのではなく、供奉者にかつがれて進みます。
行列全体は総勢500余名・約8キロの道のりで、下鴨神社は行列の長さを「およそ1キロメートル」としています。日程とルートは 葵祭2027のルート にまとめました。
斎王と斎王代の違い
名前が1字違うだけですが、制度としては別物です。
斎王|35代・約400年続いた制度
斎王の制度が設けられたのは弘仁元年(810年)4月です。嵯峨天皇の勅願により、伊勢にならって第8皇女・有智子(うちこ)内親王を奉ったのが始まりとされます。
未婚の皇女または女王が「斎王」として賀茂の神に仕える役目で、上賀茂神社は賀茂祭における斎王を「御杖代(みつえしろ)」と書いています。35代・約400年続きました。
任免にも決まりがありました。天皇が即位するたびに卜定(ぼくじょう)され、譲位・崩御の際に退下(たいげ)するのが習わしです。例外もあって、第16代・選子内親王は5代の天皇にわたり57年間務めました。
斎王は祭だけの存在ではなかった
斎王が住んだ斎院は、現在の京都市上京区の櫟谷七野神社(いちいだいななのじんじゃ)あたりと推定されています。約150メートル四方で、内院と外院の二重構造でした。史料上の初見は仁寿2年(852年)、別名は「紫野斎院」です。
この斎院にはほぼ500人の官女や女官が仕え、しばしば歌合せが催されたと記録されています。下鴨神社の顕彰会は斎院を「一大文化サロン」と表現しています。
就任には手順がありました。勅使が賀茂両社に奉告し、御所内の「初斎院」で3年間潔斎、そのあと野宮(紫野)へ移り、賀茂川で御禊をして、ようやく祭事への奉仕が許されます。
斎王代|744年後に市民から
斎王の制度は建暦2年(1212年)9月4日、礼子(いやこ)内親王の退下をもって終わります。礼子内親王は後鳥羽天皇の皇女で、土御門天皇の御代に卜定されました。上賀茂神社は「最後に絶えて再び置かれることはなかった」と書いています。
そして昭和31年(1956年)、斎王に代わる「斎王代」を中心とする女人列が復活しました。建暦2年から744年後です。
違いをまとめます。
| 斎王 | 斎王代 | |
|---|---|---|
| 期間 | 弘仁元年(810年)〜建暦2年(1212年) | 昭和31年(1956年)〜 |
| 代数 | 35代 | 記載なし |
| 身分 | 未婚の皇女または女王 | 未婚の市民女性 |
| 任期 | 天皇の在位中(卜定〜退下) | 1年 |
| 住まい | 斎院(紫野)に居住 | 通常の生活 |
歴史の流れは 葵祭の歴史 にもまとめています。
どうやって選ばれるのか
ここが最も検索される点です。書かれているのは、ほぼ1文だけです。
書かれているのは「京都在住の一般の方」だけ
下鴨神社は斎王代について「現在はその代理として、京都在住の一般の方から選ばれた女性が務める」と書いています。
読み取れる条件は2つです。
- 京都在住
- 一般の方(皇族や神職ではない)
京都市観光協会も「未婚の市民女性から選ばれるので、斎王代と称される」としています。ここから未婚という条件が加わります。
公募の記載はない
公募・応募・選考の手続きについて、記載はありません。
確認したのは、京都市観光協会の葵祭ページ(「どんな祭?」「行ってみよう!」「深く知る」「よくある質問」「有料観覧席のご案内」)、下鴨神社の「賀茂祭(葵祭)のご案内」と「賀茂のいつきのみや顕彰会」のページ、上賀茂神社の「賀茂祭」のページです。いずれにも応募の方法や受付の窓口は出ていません。
つまり「応募する」という経路はどこにも案内されていないのが現状です。「斎王代になるには」という問いに対しては、窓口が示されていないという事実が答えになります。
費用はどのくらいかかると言われているか
こちらも率直に書きます。
金額の記載はない
斎王代の費用について、神社・観光協会とも一切記載がありません。 上に挙げた各ページを通じて、金額を示す記述は出ていません。
京都観光Naviの禊の儀のページには「料金 無料」と書かれていますが、これは見学する側の観覧料のことで、斎王代本人の負担とは関係ありません。
金額が流通している理由
検索すると具体的な金額が並びます。ただしそれらが神社や主催者の発表に基づいているかは確認できる形になっていません。
金額が語られる背景は、装束と随行の規模から推測できます。十二単の大礼服装、白い小忌衣、かつがれて進む御腰輿、そして五十余名の女人列です。5月4日の禊の儀と5月15日の路頭の儀の2日間、この体制が動きます。
この記事では出典のない金額は書きません。知りたい場合の確認先は、葵祭行列保存会と両神社です(下鴨神社 075-781-0010/上賀茂神社 075-781-0011)。
5月4日の御禊の儀
斎王代が公の場に出る最初の日が5月4日です。
無料で見られて、申し込みも不要
2026年は5月4日(月・祝)10時30分から、下鴨神社で行われました。料金は無料、申し込みも不要で、下鴨神社は「一般の方のご見学可能」としています。
これは見る側にとって大きい点です。5月15日の行列は有料観覧席が5,000〜20,000円ですが、5月4日の禊の儀は無料で斎王代を見られます。席の内容は 葵祭の有料観覧席 で比べています。
会場は両社が毎年交互
会場は上賀茂神社と下鴨神社が毎年交互です。禊をする場所も違います。
- 下鴨神社|井上社前の御手洗池に手を浸ける
- 上賀茂神社|ならの小川(御手洗川)で禊。場は川に架かる「橋殿」
2027年がどちらになるかはまだ発表されていません。 交互という原則だけが書かれています。2026年が下鴨神社だったので、原則どおりなら上賀茂神社の順ですが、発表を待つことになります。
当日の次第
上賀茂神社は次第を公開しています。一ノ鳥居前に到着 → 手水の儀 → 「葵桂」を附す → 橋殿へ参進(奏楽)→ 神職が中臣祓詞を宣読 → 大麻で祓う → 斎王代が御手洗川で御禊(奏楽)→ 「形代」で解除 → 本殿を遥拝 → 記念撮影のあと退下という流れです。
下鴨神社で行われる年の次第は公開されていませんが、神職によるお祓いのあと斎王代が御手洗池に手を浸けるという形は共通です。
当日の装束と乗る輿
5月15日の装束は五衣裳唐衣(いつつぎぬものからぎぬ)、俗にいう十二単の大礼服装です。京都市観光協会は「五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)」という表記も使っています。
5月4日の禊の儀では、十二単の上に白い小忌衣(おみごろも)をつけます。
乗り物は御腰輿(およよ)です。供奉者にかつがれて進みます。
装束の重さは発表されていません。 十二単の重量として語られる数字は見かけますが、両神社と京都市観光協会のページには記載がありません。
女人列のほかの装束は小袿の命婦(みょうぶ)・女嬬(にょじゅう)・内侍(ないし)・女別当です。
行列のどこにいるか
斎王代は斎王代列にいます。行列は本列が先、斎王代列が後ろです。
斎王代列の構成は命婦(花傘をさしかける)→ 女嬬 → 斎王代 → 騎女6騎 → 蔵人所陪従 → 牛車 → 釆女です。
これが観覧の判断に関わります。行列は先頭から最後まで通過するのに1時間弱かかり、斎王代は後半に来ます。先頭の通過時刻だけ見て場所を決めると、斎王代を見るには30分以上待つことになります。
各地点の通過時刻は京都御所10:30 → 下鴨神社11:40着・14:20発 → 洛北高校前14:40 → 北大路橋14:55 → 上賀茂神社15:30着です。
斎王代を見るのに向いた観覧位置
斎王代が目的なら、場所の選び方が変わります。
5月4日の禊の儀が、もっとも近くで見られる機会です。無料で、儀式の場が池や川のそばに限られているので、行列のように流れていきません。
5月15日なら、停止する場所が有利です。下鴨神社は11:40に着いて14:20に出るので、到着と出発の2回行列が通ります。京都御苑は出発地点なので、並んだ状態を見られます。
一方、賀茂川堤(加茂街道)や上賀茂神社は通過・到着の1回だけです。場所ごとの違いは 葵祭はどこで見る? に整理しました。
なお下鴨神社参道の有料観覧席は森林内の地形で、京都御苑席は砂利道です。長く座る前提なら観光協会の注意書きを読んでおいてください。両神社の位置関係は 葵祭の神社 にまとめています。
斎王代を近くで見るなら5月4日の禊の儀です。こちらは無料で、翌日以降の前儀(5月5日の賀茂競馬と歩射神事)も続きます。5月の連休に合わせるなら宿は早めに。
歴代の斎王代
昭和31年(1956年)からの歴代は報道でたどれますが、何代目かは発表されていません。
代数は示されていない
かつての斎王については「三十五代」と明記されています。賀茂斎院歴代斎王神霊社という社が下鴨神社の糺の森にあり、35代の斎王の御神霊が祀られています。例祭は7月4日で、由来は仁平元年(1151年)7月4日に鳥羽上皇が御神霊堂を祭ったことにあります。
一方、斎王代については代数の記載がありません。昭和31年から数えても、開催されなかった年があれば代数は年数と一致しません。数字が出ていないので、この記事では代数を書きません。
その年の斎王代が誰かは、春に報道されます。毎年変わるので、確認は当年の発表をご覧ください。
よくある質問
Q. 「斎王代」とはどういう意味ですか。
A. 斎王の代わりという意味です。かつては未婚の皇女または女王が「斎王」として賀茂の神に仕えていましたが、建暦2年(1212年)に途絶えました。昭和31年(1956年)に市民の女性が斎王に代わって女人列に加わる形で復活し、「斎王代」と呼ばれています。
Q. 斎王代になるにはどうしたらいいですか。
A. 応募の窓口は案内されていません。 下鴨神社が書いているのは「京都在住の一般の方から選ばれた女性が務める」という点だけで、公募や選考の手続きについての記載はありません。
Q. 斎王代はいくらぐらいかかりますか。
A. 金額の記載はありません。 京都市観光協会・下鴨神社・上賀茂神社のいずれのページにも費用についての記述が出ていないため、この記事では金額を書いていません。
Q. 斎王代を無料で見られる機会はありますか。
A. 5月4日の禊の儀です。料金は無料、申し込みも不要で、一般の見学ができます。会場は上賀茂神社と下鴨神社が毎年交互です。
Q. 行列で斎王代はどのあたりにいますか。
A. 本列のあとの斎王代列です。行列は先頭から最後まで1時間弱かかるので、斎王代は後半に通ります。
まとめ|斎王代の要点
- 斎王代は昭和31年(1956年)からの役。斎王は35代・約400年続き建暦2年(1212年)に途絶えた
- 条件として書かれているのは「京都在住」「一般の方」「未婚」の3点
- 選ばれ方の手続きと費用は記載がない
- 5月4日の禊の儀は無料・申し込み不要。会場は両社が毎年交互(2027年は未発表)
- 装束は十二単(五衣裳唐衣)、禊の儀では白い小忌衣を重ねる。重さは発表されていない
- 乗るのは御腰輿(およよ)。かつがれて進む
- 行列では斎王代列(後半)にいる。先頭通過から30分以上待つことになる
→ 葵祭2027のルート|行列の通過時刻と日程・雨天順延
→ 葵祭はどこで見る?|無料で見られる場所と通過時刻
→ 葵祭の有料観覧席|京都御苑と下鴨神社の違い
→ 葵祭の歴史|賀茂祭から葵祭へ
→ 葵祭の神社|下鴨神社と上賀茂神社
この記事の情報は2026年10月20日時点で、下鴨神社「賀茂祭(葵祭)のご案内」「賀茂のいつきのみや顕彰会」「葵祭の斎王さまのお社」「葵祭の斎王さまの例祭」、上賀茂神社「賀茂祭」、京都市観光協会の葵祭ページ、京都観光Navi「斎王代禊の儀」、京都市「賀茂斎院跡」の各ページを確認したものです。斎王代の選ばれ方・費用・装束の重さ・代数は、これらのいずれにも記載がありません。禊の儀の日程と会場、観覧席の料金は令和8年(2026年)の案内です。2027年の日程と会場は両神社および京都市観光協会の発表をご確認ください。
