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6基の雪像から始まった「さっぽろ雪まつり」の歴史と変遷

2026.10.28 読了 9分

さっぽろ雪まつりの歴史を調べると「1950年に始まった」という一文で終わっているものが多くあります。ただ、よく聞かれているのは「作ったのは誰か」と「なぜ自衛隊が作っているのか」のほうです。

この2問に正面から答えます。公式の歴史ページと陸上自衛隊第11旅団の資料から、年表で追います。

3分で説明すると

  • 始まりは1950年(第1回)。地元の中・高校生が作った6基の雪像
  • 会場は大通7丁目広場だけ。来場者は約5万人
  • 自衛隊の参加は1955年(第6回)から
  • 大雪像の始まりは1953年(第4回)の「昇天」高さ15m
  • 第二会場は真駒内(1965〜2005)→さとらんど(2006)→つどーむ(2009〜)と移った
  • すすきの会場は1983年(第34回)から
  • 自衛隊の大雪像は2002年に4基→3基、2015年に3基→2基と減っている
  • 2021年・2022年はオンライン開催。2023年に3年ぶりに会場開催

1950年、中高生が6基作った

第1回は1950年です。

  • 作ったのは市内の3高校と2中学の生徒
  • 雪像は6基
  • 会場は大通7丁目広場
  • 来場者は約5万人
  • 開催は2月18日(ポスターには19日までとあるが、実際は18日のみ)

1日だけの、中高生の催しでした。いまの8日間・3会場・大雪像5基という規模とは別のものです。

よく聞かれる「作ったのは誰ですか」の答えは、地元の中学生と高校生になります。

なぜ自衛隊が雪像を作るのか

ここが2つめの疑問です。公式と自衛隊側の記述を合わせると、経緯が見えます。

1955年(第6回)に初参加

自衛隊が雪像制作に初めて参加したのが1955年(第6回)です。開始から5年後にあたります。

雪を運べる組織だった

陸上自衛隊第11旅団の記録には、1961年(第12回)に自衛隊が札幌市郊外から採雪・雪輸送を行ったとあります。大雪像を作るには大量の雪を市街地の公園まで運ぶ必要があり、そこに車両と人員を持つ組織が要ります。

いまも大通の大雪像は1月7日の雪輸送開始式から制作が始まります。「雪輸送」が工程の最初にあるのは、この構造が変わっていないからです。

制作は8つの工程で進む

自衛隊が公開している大雪像の工程は次のとおりです。

  1. 協定書調印
  2. 図面及び模型作成
  3. 雪輸送・雪積み
  4. 粗削り・削り出し
  5. 夜間作業
  6. 細部彫刻・仕上げ
  7. 完成
  8. 夜間補修・音楽演奏

夜間作業と夜間補修が工程に入っているのが特徴です。会期中も補修が続くことになります。

規模の目安として、2026年の8丁目の大雪像「会津 鶴ヶ城」は延べ3,800人が30日間で制作したと公式に記載されています。1日あたり約127人です。

海外にも派遣された

雪像制作の技術は国外からも求められました。

  • 1978年|米セントポール市の要請で自衛官5名を派遣
  • 1982年|米アンカレッジ市の要請で自衛官5名を派遣
  • 1983年|スイス・グリンデルワルドの要請で自衛官7名を派遣

自衛隊の制作は減ってきている

知られていない部分です。

自衛隊が作る大雪像の数は、2002年に4基から3基へ、2015年に3基から2基へと減っています。

公式の年表にはその備えも記されています。1999年(第50回)に、陸上自衛隊の協力縮小に備えて札幌市雪像制作委員会が発足。2002年(第53回)にはNPOや市民ボランティアによる札幌市大雪像制作団が結成されました。2002年には大通会場のボランティア制作に自衛隊が技術指導を行っています。

つまり自衛隊から市民へ、技術を渡しながら主体が移ってきたという流れです。「雪まつりの大雪像=自衛隊」という理解は、半分だけ当たっていることになります。

いまの雪像の区分は さっぽろ雪まつりの雪像 にまとめています。

2027年は第77回です。会期と会場ごとの時間は さっぽろ雪まつり2027の日程 にまとめています。

年表で見る転機

規模が変わった節目です。

1950年代|大雪像と自衛隊

  • 1953年(第4回)|高さ15mの大雪像「昇天」が初めて作られる
  • 1955年(第6回)|自衛隊が初参加
  • 1956〜57年(第7〜8回)|自衛隊による雪戦会。観客の転倒事故を受け1957年限り
  • 1959年(第10回)|雪像64基。テレビと新聞で全国に紹介され、翌年から本州からの観光客が増える。実行委員会が発足

1960〜70年代|全国から世界へ

  • 1960年(第11回)|会場が大通3〜9丁目に広がり、雪像87基
  • 1972年(第23回)|札幌冬季オリンピック。テーマは「ようこそ札幌へ」
  • 1974年(第25回)|オイルショックで雪輸送用の軽油が不足し、雪像の芯にドラム缶を使って開催。同年国際雪像コンクールが始まる

1980年代以降|会期の延長と失敗

  • 1987年(第38回)|会期が5日間から7日間に
  • 2013年(第64回)|豊平館の雪像でプロジェクションマッピングを初実施。来場者が想定を超え、安全面から会期途中で中止
  • 2017年(第68回)|全体の会期が12日間に

1974年のドラム缶と2013年の途中中止は、うまくいかなかった年も記録に残している部分です。

会場はどう移ってきたか

いまの3会場に落ち着くまでに、第二会場が3回変わっています。

  • 1963年(第14回)|自衛隊真駒内駐屯地でスノーフェスティバル。のちの第二会場につながる
  • 1965年(第16回)|真駒内が第二会場に正式指定
  • 1983年(第34回)|すすきの会場が第三会場として加わる。氷像が中心
  • 1990年(第41回)|中島公園が市民参加の第四会場に。1993年に廃止
  • 2005年(第56回)|真駒内会場が40年の歴史に幕
  • 2006年(第57回)|第二会場がさとらんどに
  • 2009年(第60回)|第二会場がつどーむに

いまの「大通・すすきの・つどーむ」という組み合わせは2009年からです。すすきのの氷像だけが1983年から変わっていません。

会場ごとの中身は さっぽろ雪まつりの会場 にまとめています。

国際化はいつからか

1972年の札幌オリンピックが転機

冬季五輪で世界に知られ、五輪の会場にも雪像が登場しました。テーマは「ようこそ札幌へ」でした。

1974年に国際雪像コンクールが始まる

同じ年以降、瀋陽・アルバータ州・ミュンヘン・シドニー・ポートランドなど札幌と縁の深い地域の雪像が作られるようになりました。

この国際雪像コンクールは、2026年(第76回)に50回目を迎え、10チームが参加しています。2027年も11丁目で行われる予定です。

止まった年と戻した年

近年の記録です。

2021年から2024年にかけて段階的に戻した

  • 2021年・2022年(第71〜72回)|会場での開催は見送り、オンライン開催
  • 2023年(第73回)|3年ぶりに会場で開催。ただしつどーむ会場・国際雪像コンクール・飲食ブースは見送り
  • 2024年(第74回)|国際雪像コンクールとつどーむ会場が4年ぶりに再開

第73回の大通会場マップに「雪まつり会場内に飲食出店はありません」と書かれているのは、この年の事情です。戻るまでに段階があったことが分かります。

会場の飲食がいま何があるかは さっぽろ雪まつりの食べ物 にまとめています。

歴史を知ってから見ると違って見えるところ

  • 市民雪像|1950年の中高生6基から始まったものの延長線上にある
  • 大雪像|自衛隊から市民へ、技術が渡されてきた区分
  • すすきのの氷像|1983年から続く、雪ではない会場
  • 11丁目の国際雪像コンクール|1974年から、2026年で50回目
  • つどーむ|第二会場としては3代目。2009年から

よくある質問

Q. さっぽろ雪まつりはいつ始まりましたか
1950年です。第1回は2月18日の1日だけで、大通7丁目広場に6基の雪像が並び、来場者は約5万人でした。

Q. 最初に作ったのは誰ですか
市内の3高校と2中学の生徒です。地元の中学生と高校生が作った6基の雪像が始まりでした。

Q. なぜ自衛隊が雪像を作っているのですか
1955年(第6回)から参加しています。大雪像には大量の雪を市街地まで運ぶ必要があり、1961年には自衛隊が市郊外からの採雪・雪輸送を行った記録があります。いまも制作は雪輸送から始まります。

Q. 自衛隊はいまも全部作っているのですか
いいえ。制作する大雪像は2002年に4基から3基、2015年に3基から2基へ減っています。1999年に札幌市雪像制作委員会、2002年に市民ボランティアによる大雪像制作団が発足しました。

Q. 会場はずっと同じですか
第二会場は真駒内(1965〜2005)、さとらんど(2006)、つどーむ(2009〜)と変わっています。すすきの会場は1983年から続いています。

Q. 中止になった年はありますか
2021年・2022年は会場での開催を見送り、オンライン開催でした。2023年に3年ぶりに会場で開催されましたが、つどーむ会場と国際雪像コンクール、飲食ブースは見送られています。

Q. 国際雪像コンクールはいつからですか
1974年(第25回)からです。2026年(第76回)で50回目を迎え、10チームが参加しました。

まとめ|77年で変わったこと

  • 1950年|中高生が6基、1日だけ、約5万人
  • 1953年|高さ15mの大雪像が登場
  • 1955年|自衛隊が初参加。雪を運べる組織だった
  • 1972年|札幌オリンピックで世界に知られる
  • 1974年|国際雪像コンクール開始。同年オイルショックでドラム缶を芯に
  • 1983年|すすきの会場(氷像)が加わる
  • 2009年|第二会場がつどーむに。いまの3会場の形
  • 2015年|自衛隊の大雪像が2基に。市民へ移ってきている
  • 2023年|3年ぶりの会場開催。段階的に戻した

1950年の6基から77回目です。いまの大通会場は西1丁目から11丁目まであり、昼と夜で見え方も変わります。近くに泊まると両方の時間帯を歩けます。

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この記事の情報は2026年10月20日時点で、さっぽろ雪まつり公式サイトの「さっぽろ雪まつりの歴史」と大通会場のページ、陸上自衛隊第11旅団「自衛隊大雪像の制作過程」を確認したものです。

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