おわら風の盆の踊りには、振付師の名前が残っています。
男踊りは日本舞踊の若柳吉三郎、女踊りは小杉放庵。しかも女踊りは「八尾四季」という唄のために振り付けられたものです。
民謡の踊りというより、作られた踊りだということになります。
3分で説明すると
- 公式は見出しで「4通り」、本文で「3通り」と書いている(紹介されているのは4つ)
- 豊年踊り|古くからの踊り。「旧踊り」とも呼ばれる
- 男踊り|日本舞踊の若柳吉三郎が男性の舞台用に振付
- 女踊り|小杉放庵が「八尾四季」のために振付。「四季踊り」ともいう
- 男女混合踊り|昭和43年の風の盆競演会で鏡町が披露したのが最初
- 踊りのはじまりは明治44年。芸者たちが即興で踊ったのが起点
- 上新町の22時からの大輪踊りなら観光客も輪に入れる
踊りはいくつあるのか
先に注意点を書きます。公式の中で数が一致していません。
公式(おわら風の盆行事運営委員会)の見出しは「おわらの4通りの踊り」ですが、本文は「時代と共に踊りも変わり、現在は3通りの踊りがあります」となっています。そして実際に紹介されているのは4つです。
この記事では紹介されている4つを扱います。
- 豊年踊り
- 男踊り
- 女踊り
- 男女混合踊り
男踊りと女踊りをまとめて「新踊り」と呼び、対して豊年踊りを「旧踊り」と呼ぶことがある、と公式は書いています。この呼び分けなら「旧と新の2系統」になります。
踊りはいつ生まれたか
明治44年です。おわら自体の歴史(約300年)と比べると、かなり新しいことになります。
公式の説明はこうです。「踊りのはじまりは明治44年。『北陸タイムス(北日本新聞の前身)千号記念』のイベントのひとつとして登場し、芸者たちが即興で踊ったのがはじまりといわれています」
要素を分けると、新聞社のイベント、芸者、即興の3つです。
唄が先、踊りが最後
順番も公式に書かれています。「『おわら風の盆』は他の民謡と同様、はじめは唄だけでしたが、そのうち楽器が追加になり、次に踊りが追加されました」
唄 → 楽器 → 踊り。いま祭の顔になっている編笠の踊りは、いちばん最後に加わったものです。唄と楽器については おわら風の盆の歌詞と意味 に書きました。
豊年踊り(旧踊り)
4つの中でいちばん古い踊りです。
公式の説明は「古くから踊られる踊りで種まきや稲刈りといった農作業の動きを舞踊の要領で表現しています」。
種まきと稲刈り。おわら風の盆そのものが風の神様を鎮める豊作祈願に由来するので、踊りの中身も農作業です。
呼び方について、公式は「男踊り、女踊りを『新踊り』と呼ぶことから『旧踊り』と呼ばれることもあります」としています。
輪踊りで踊られる
豊年踊りは輪になって踊る形で行われることが多く、ここが観光客の入り口になります。
上新町について公式はこう書いています。「午後10時からはじまる『大輪踊り』は、観光客も輪に入って踊ることができ、大変好評です」
また競演会ステージの3日の第2部では、「踊り方の体験をしてから、まち中の輪踊りに参加いただけます」とされています。
男踊り
振付師の名前が残っています。
公式の説明は「日本舞踊の若柳吉三郎により、男性の舞台用として振り付けられた踊りです」。
注目すべきは「男性の舞台用」という言葉です。町流しのためではなく、舞台のために作られたということになります。
動きの特徴
公式は「素直で素朴、直線的な力強さの中にしなやかさを持つ魅力的な踊りで、農作業の所作を表しています」と書いています。
言葉を分けると4つです。
- 素直で素朴
- 直線的な力強さ
- その中にしなやかさ
- 農作業の所作を表す
男踊りも農作業です。 豊年踊りと同じく、動きの出どころは田畑にあります。
町によって所作が違う
公式は11の町それぞれの特徴も書いており、男踊りに触れているのは西新町です。
「腰を深く落としてから大きく伸び上がる所作の男踊り、繊細かつ優美な女踊りと相まっての町流しは見応えがあります」
腰を深く落として、大きく伸び上がる。 同じ男踊りでも町で手さばきが違うと公式が書いているので、見比べる価値があります。町ごとの違いは おわら風の盆はどこで見るか に整理しました。
女踊り
こちらも振付師が分かっていますが、男踊りとは成り立ちが違います。
公式の説明は「女踊りは『四季踊り』ともいわれ、小杉放庵が八尾の春夏秋冬を詠った『八尾四季』のために振り付けました。その後、女性が蛍取りに興じる姿を表した一連の女踊りが完成しました」。
特定の唄のために作られた
男踊りが「男性の舞台用」という用途で作られたのに対し、女踊りは「八尾四季」という特定の唄のために振り付けられました。
八尾の春夏秋冬を詠った唄です。だから「四季踊り」とも呼ばれます。
蛍取りの姿
もう1つの要素が「女性が蛍取りに興じる姿」です。
男踊りが農作業、女踊りが四季と蛍取り。表しているものがまったく違います。
公式は11町の紹介でも、西新町の女踊りを「繊細かつ優美」、鏡町を「かつては花街として賑わった町の支部。芸妓踊りの名残もあって、女踊りの艶と華やかさには定評があります」としています。女踊りを見るなら鏡町です。
男女混合踊り
4つの中で最も新しい踊りです。
公式の説明は「比較的新しい踊りで、歌の下句の終わりに男女が対になって寄り添う所作が特徴。昭和43年の『風の盆競演会』で鏡町が披露したのが最初といわれている」。
いつ、どこで生まれたか
- 昭和43年
- 「風の盆競演会」という場
- 鏡町が披露
競演会という舞台から生まれ、町流しに広がったという順序です。公式は「その後、舞台踊りなどを通じて他の町でも工夫して踊られるようになった」と書いています。
男踊りと女踊りは、もともと別物だった
公式が重要なことを書いています。「もともと形も長さも異なる男踊りと女踊りを組み合わせたもの」
形も長さも違う。別々に作られた2つの踊りを、あとから組み合わせたのが男女混合踊りです。
見分け方は「歌の下句の終わりに男女が対になって寄り添う所作」です。唄の切れ目で男女が寄るのを探してください。
4つの違いを並べる
整理します。
| 踊り | いつ・誰が | 表しているもの |
|---|---|---|
| 豊年踊り(旧踊り) | 古くから | 種まき・稲刈りなど農作業の動き |
| 男踊り | 日本舞踊の若柳吉三郎/男性の舞台用 | 農作業の所作。直線的な力強さとしなやかさ |
| 女踊り(四季踊り) | 小杉放庵/「八尾四季」のため | 八尾の春夏秋冬、女性が蛍取りに興じる姿 |
| 男女混合踊り | 昭和43年の風の盆競演会/鏡町 | 歌の下句の終わりに男女が対になって寄り添う |
男踊りと豊年踊りが農作業、女踊りが四季と蛍取り、男女混合踊りが男女の対。この3系統で覚えると現地で見分けられます。
編笠について
おわらといえば編笠です。
公式の記述はこうなっています。「揃いの浴衣や法被をまとい、編笠の間から少し顔を覗かせた踊り手による優雅で繊細な踊り」(おわら風の盆行事運営委員会)、「揃いの浴衣に編笠をつけ、実に幻想的であり優美に舞う姿」(越中八尾観光協会)。
「編笠の間から少し顔を覗かせた」という書き方です。完全に隠しているのではなく、のぞく形になります。
なぜ編笠で顔を隠すのかという理由を、公式は書いていません。 書かれているのは見え方(幻想的・優美・繊細)だけです。
衣装は町で違う
公式は「それぞれの支部で踊りの手さばきや浴衣の色柄、唄の歌詞が違うので、いくつかの町を見比べるのもおすすめです」と書いています。
11町の紹介で衣装に触れているのは次の3町です。
- 下新町|朱色を基調とした女性の浴衣が特徴的
- 東新町|少女たちが愛らしい早乙女衣装をまとって踊る
- 東町|他支部と違う色合いの女性の衣装に、かつての旦那衆の遊び心が伺える
色で町が分かるということです。
踊り手の年齢は公式に書かれていない
年齢の区切りについて、公式に記載はありません。
分かるのは東新町で少女たちが早乙女衣装で踊ること、競演会に富山県立八尾高等学校郷土芸能部が出演すること、今町では戸数が少ないため一家総出で参加し、町を離れた人も参加できる体制をつくっていることです。
世代をまたいで参加していることは読み取れますが、何歳までという決まりがあるかどうかは公式に書かれていません。
どの踊りをどこで見られるか
公式の記述から対応させます。
- 女踊り|鏡町(芸妓踊りの名残・艶と華やかさに定評)、西新町(繊細かつ優美)
- 男踊り|西新町(腰を深く落としてから大きく伸び上がる所作)
- 男女混合踊り|鏡町が発祥。その後ほかの町でも踊られるように
- 輪踊り(豊年踊り)|上新町(22時からの大輪踊り)、西町(昼間・禅寺橋で石垣をバックに)、鏡町(おたや階段から鑑賞)
鏡町と西新町に行けば、4つのうち3つは見られることになります。
屋内で腰を据えて見るなら競演会ステージ(4,000円・各回350席・曳山展示館ホール)という手もあります。実技30分×2支部で、おわら保存会全支部が日替わりで出演します。
観光客が踊りに参加できるか
できます。 公式が2つの機会を書いています。
- 上新町の「大輪踊り」|午後10時から。「観光客も輪に入って踊ることができ、大変好評です」
- 競演会ステージの3日第2部|「踊り方の体験をしてから、まち中の輪踊りに参加いただけます」
どちらも豊年踊り(輪踊り)の系統です。男踊りや女踊りは踊り手のもので、参加の対象ではありません。
通年なら、曳山展示館の「風のステージ」に踊り体験が含まれます(4月〜11月の定期公演)。日程は おわら風の盆の日程、祭の成り立ちは おわら風の盆の歴史 にまとめました。
踊りを知ってから見ると何が変わるか
3つあります。
- 男女の見分けがつく|直線的で力強いのが男踊り、繊細で優美なのが女踊り
- 男女混合踊りが分かる|歌の下句の終わりに男女が寄り添うのを探す
- 町の違いが分かる|浴衣の色と手さばきが町で違う
そしてどの踊りも、もとは農作業か四季の情景です。動きの意味が分かると、同じ所作が違って見えます。
よくある質問
Q. 男女の踊りですか。
A. 男踊りと女踊りは別の踊りです。それぞれ振付師も、表しているものも違います。男踊りは若柳吉三郎が男性の舞台用に振り付けたもので農作業の所作、女踊りは小杉放庵が「八尾四季」のために振り付けたもので、八尾の春夏秋冬と蛍取りの姿を表します。両方を組み合わせた男女混合踊りもあります。
Q. 踊りは何種類ありますか。
A. 公式の中で数が一致していません。 見出しは「おわらの4通りの踊り」、本文は「現在は3通りの踊りがあります」で、実際に紹介されているのは豊年踊り・男踊り・女踊り・男女混合踊りの4つです。
Q. 女性はどのような踊りを披露しますか。
A. 女踊り(四季踊り)です。小杉放庵が八尾の春夏秋冬を詠った「八尾四季」のために振り付け、その後女性が蛍取りに興じる姿を表した一連の女踊りが完成しました。公式は鏡町の女踊りを「艶と華やかさには定評があります」としています。
Q. 浴衣を着て踊りますか。
A. はい。公式は「揃いの浴衣や法被をまとい、編笠の間から少し顔を覗かせた踊り手」と書いています。浴衣の色柄は町によって違い、下新町は朱色、東新町は早乙女衣装、東町は他支部と違う色合いです。
Q. どうやって踊るのですか。
A. 観光客が参加できる機会が2つあります。上新町の午後10時からの「大輪踊り」は輪に入って踊れます。競演会ステージの3日第2部では「踊り方の体験をしてから、まち中の輪踊りに参加」できます。通年なら曳山展示館の「風のステージ」に踊り体験が含まれます。
Q. なぜ編笠で顔を隠すのですか。
A. 行事運営委員会のサイトには理由の記載がありません。いっぽう越中八尾観光協会のQ&Aは「照れや恥ずかしさから人目を忍び、手ぬぐいで顔をかくして踊ったといわれますが、それが編笠に代わったといわれています」と説明しています。くわしくは おわら風の盆の歴史 に書きました。
まとめ|踊りの要点
- 公式は見出しで「4通り」、本文で「3通り」。紹介されているのは4つ
- 豊年踊り(旧踊り)|古くからの踊り。種まき・稲刈りの動き
- 男踊り|若柳吉三郎が男性の舞台用に振付。農作業の所作・直線的な力強さ
- 女踊り(四季踊り)|小杉放庵が「八尾四季」のために振付。蛍取りの姿
- 男女混合踊り|昭和43年の風の盆競演会で鏡町が初披露。歌の下句の終わりに男女が寄り添う
- 男踊りと女踊りは、もともと形も長さも違う
- 踊りのはじまりは明治44年。新聞社のイベントで芸者たちが即興で踊ったのが起点
- 浴衣の色柄は町で違う(下新町は朱色、東新町は早乙女衣装、東町は独自の色合い)
- 編笠の由来は照れ隠し(越中八尾観光協会)。踊り手の年齢の区切りは公式に記載がない
観光客が踊れるのは上新町の22時からの大輪踊りと、3日の競演会のあとです。どちらも遅い時間なので、泊まる前提のほうが無理がありません。
→ おわら風の盆2027の日程|9月1〜3日・3日目だけ19時開始
→ おわら風の盆はどこで見るか|11町の違い
→ おわら風の盆の歌詞と意味/おわら風の盆の歴史
→ 富山のモデルコース
この記事の情報は2026年10月25日時点で、おわら風の盆行事運営委員会の公式サイト「おわら風の盆とは」「11の町紹介」「競演会・チケット」および越中八尾観光協会のサイトを確認したものです。踊りの数について公式は見出しで「4通り」、本文で「3通り」と表記が分かれています。編笠の由来については、行事運営委員会のサイトに記載がなく、越中八尾観光協会のQ&Aで「照れや恥ずかしさから」と説明されています。踊り手の年齢の区切りについては公式に記載がありません。
